研究紹介
気候変動リスクへの適応は、何を変えれば進むのか。この問いに、4つの領域から取り組んでいます。それぞれの領域について、代表的な論文と、そこから分かったことを紹介します。図は論文の推定結果をもとに、このページのために作成したものです。
災害リスクコミュニケーションと避難行動
警報や避難情報が届いても、実際に避難する人は多くありません。情報が行動に変わるまでに何が起きているのか、どのような情報なら人は動くのかを、仮想の災害シナリオを用いた調査実験で調べています。
洪水リスクのある地域の住民1,671人を対象とした要因サーベイ実験。有限混合ベータ回帰で推定した2つの層の構成比。
出典:Tanaka, Kito, & Tanaka (2026), International Journal of Disaster Risk Reduction, 137, 106075 をもとに作成
代表的な論文
Tanaka, K., Akaishi, K., Yokota, T., & Kusano, F. (2026). Crossing the Behavioral Threshold: Social Amplification and Climate Risk Management in Urban Flood Evacuation. Climate Risk Management, 54, 100901.(オープンアクセス) DOI
分かったこと広島の住民1,324人を対象とした調査実験で、避難の意図が行動に変わる境目(しきい値)は、0〜1の尺度で約0.7と、一般に想定される0.5より高い水準にありました。周りの人が避難する様子や、避難所のプライバシーの改善は避難の見込みを大きく高める一方、危険を強く感じていても、こうした後押しがなければ避難の見込みはほぼゼロにとどまりました。
Tanaka, K., Kito, T., & Tanaka, K. (2026). When Flood Warnings Fail: Psychological Predictors of Information Clarity and Evacuation Intention. International Journal of Disaster Risk Reduction, 137, 106075. DOI
分かったこと決壊地点の具体的な情報、予測の根拠、大きな文字での表示といった警報の作り方に反応する多数派と、作り方にかかわらずほとんど反応しない少数派がいることが分かりました。少数派に属するかどうかは、年齢などの属性よりも、気象情報への不信や、地域のハザード情報を普段見ないことと強く関係していました。
気候変動適応と都市レジリエンス
猛暑や洪水、巨大地震への備えには、限られた予算をどこに振り向けるかという判断が伴います。市民が何を優先し、その優先順位が費用負担への賛否とどう結びつくのか、また話し合いを重ねることで市民の考えがどう変わるのかを調べています。
横浜市民1,819人を対象としたベスト・ワースト・スケーリング(BWS)。混合ロジットの平均パラメータで、「暑熱アラートの改善」を0としたときの相対的な重要度。
出典:Tanaka & Akaishi (2026), Risk Analysis, 46(8), e70315 をもとに作成
代表的な論文
Tanaka, K., & Akaishi, K. (2026). Survival First: How Citizens Prioritize Competing Climate-Health Risk Countermeasures Under Fiscal Constraints. Risk Analysis, 46(8), e70315. DOI
分かったこと救急医療の強化など、すぐに命を守る対策が、長期的な対策よりも明確に優先されました。ただし、最も重視された対策への選好の強さは、追加の費用負担への賛否と統計的な関連が見られず、優先順位と支払意思は必ずしも一致しませんでした。睡眠への影響など日々の暮らしへの負担は、急性の症状よりも一貫して支払意思と関連していました。
田中勝也・松本礼史・竹内真司・松岡俊二(2026)「災害リスクの不確実性と市民意識の変容プロセス ― 首都直下地震を考える市民会議における6時点パネルデータの縦断的分析 ―」『災害情報』24(2), 253–263.
分かったこと首都直下地震をテーマに3回の市民会議を開き、各回の前後に行った調査から6時点のパネルデータを作って分析しました。切迫感などの感情的な受け止めは一時的な高まりにとどまる一方、将来世代への配慮といった価値観は、対話を重ねるなかで定着していました。不確実性や行政の限界に向き合うことで行政への評価はいったん下がるものの、その後回復する過程も確認されました。
グリーンインフラと環境政策
雨庭や街路樹、緑地など、自然の働きを生かして大雨や暑さの影響を和らげるグリーンインフラは、気候変動への適応策の一つです。その効果を地域単位で検証するとともに、土地を持つ企業や市民が導入を選ぶ条件を調べています。
札幌市の企業のうち、選択型実験の課題に回答した78社の条件付きロジット推定値。濃い棒は10%水準で統計的に有意、薄い棒は有意でない。導入費用は1万円/㎡を基準とした2万円/㎡以上のダミー変数。
出典:王・田中・向山(2026)『都市計画論文集』61(3), 840–847 をもとに作成
代表的な論文
Han, J., Kim, Y., & Tanaka, K. (2026). The Role of Green Infrastructure in Enhancing Flood Resilience: A Spatial Perspective. Environmental Management, 76, 169. DOI
分かったこと韓国の226の基礎自治体を対象に空間計量モデルで分析し、グリーンインフラが、洪水の被害額と復旧費用を合わせた費用を減らすことを示しました。効果はグリーンインフラの種類によって異なり、近隣の地域への波及は見られず、効果はその地域の中にとどまっていました。
王瑒・田中勝也・向山雅之(2026)「札幌市における企業のグリーンインフラ導入に対する選好分析」『都市計画論文集』61(3), 840–847. DOI
分かったこと札幌市の企業189社を分析しました。選択型実験に参加した78社では、維持管理費の補助や技術支援が導入の選択と正の関連を、導入費用の高さが負の関連を示し、景観や生態系への配慮は統計的に有意ではありませんでした。参加した企業には規模の大きい企業や関連制度を知る企業が多く、参加の有無そのものを分けて見る必要があることも示しました。
Tanaka, K., Nelson, H., McCullar, N., & Parulekar, N. (2022). Citizens’ Preferences on Green Infrastructure Practices and Their Enhancement in Portland, Oregon. Journal of Environmental Management, 318, 115415. DOI
分かったことポートランド市民666人を対象に、6種類のグリーンインフラへの評価と、その拡充への支払意思を調べました。雨水タンクや街路樹など、自宅や身近に便益がある取り組みは相対的に高く評価され、バイオスウェール(植栽した雨水の浸透溝)や雨庭は相対的に低い評価でした。評価や支払意思は人によって大きく異なり、政策シミュレーションでは、一律の負担額を求めるよりも、支払意思に応じて負担額が変わる仕組みのほうが、集まる財源が大きくなりました。
持続可能な交通・都市空間
交通静穏化や歩道空間の改善は、安全で歩きやすい街をつくる一方、車の通行や費用をめぐって意見が分かれやすい施策です。住民がどの施策を好み、どこまで費用を負担してよいと考えるのかを調べています。
米国ポートランド市の19路線の沿道に住む1,717人を対象としたベスト・ワースト・スケーリング(BWS)。混合ロジットの平均パラメータで、「狭さく」を0としたときの相対的な選好。
出典:Tanaka et al. (2027), Transportation Research Part A, 215, 105293 をもとに作成
代表的な論文
Tanaka, K., Dill, J., McNeil, N., Geller, R., & Kondo, N. (2027). What Are Safer Streets Worth? Bridging Resident Preferences and Policy Design in Traffic Calming. Transportation Research Part A: Policy and Practice, 215, 105293. DOI
分かったこと8つの交通静穏化策のうち、横断途中の待避島、小型ラウンドアバウト、シェアドストリート、ゲートウェイが好まれ、ダイバーター、スピードハンプ、狭さくは低い評価でした。交通静穏化プログラムへの支払意思額は、1世帯あたり月平均34ドル(中央値30ドル)でした。好まれる施策と、費用負担を伴うプログラムへの支持は、必ずしも一致しませんでした。
上田一慶・田中勝也(2026)「歩道空間の利便性および快適性の改善に向けた住民選好の分析―横浜市を対象として」『都市計画論文集』61(1), 9–16.
分かったこと横浜市で選択型実験を行い、街路樹は高さよりも本数(密度)を増やすこと、自転車レーンは物理的に分離することが強く支持されました。歩行者や自転車利用者に比べて自動車利用者の評価は相対的に低く、日常の交通手段によって評価が分かれました。